お盆の過ごし方
2007.08.15
社会人になってからは盆暮れ正月、関係なく働いてきたが、
(今年も働くけど)
今年は新盆だし、1日ぐらい家で過ごそうと思い帰省。
といっても、昼頃帰り、昼寝してお墓参りをして、
夜には高校時代の友人と食事して帰ってきただけ。
その待ち合わせの19時。
館山の海は鏡ヶ浦といって、あまり波の立たない静かな海。
風の強い空気の澄んだ冬には、よく富士山が見える。
今日も富士山が見えていた。

お墓参りの前には虫除けアロマをスプレー!
父に「ずいぶんクセえな・・」と言われながらも、
ホントに蚊が寄ってこないんだからすごい。
昔読んだ黒木瞳の本に、”嫁に行った自分はこのお墓には入れないんだなと思ったら声を上げて泣いてしまった”
みたいなことが書いてあった。
今日はしんみりと、そのことを思い出しながら
マジマジと墓石を眺めた。
「○○家之墓」
(嫁に行く予定もないくせに・・)
幼い頃の記憶では、私は母よりも祖母に色々な所に連れて行ってもらったように思う。ばあさん連中に混じって近場の温泉にバスで行ったり、(ばあさんしかいなかったので、バスを乗り間違えた)
市内までバスで行って、ドラえもんの漫画を買ってもらったり、
寝てる間にゲジ眉を剃られたりetc・・・
(この時のことは共犯の兄は覚えているだろう。
寝ている自分もなんだか薄っすら意識があって、
”いいからやっちゃえ”みたいな会話が繰り広げられ、カミソリで
剃られていた。起きたら眉毛が細くなっていたので夢ではない!)
私の記憶が確かならば、あの頃はよく兄にいじめられていて、
ばあちゃんが「ほら、かわいっぺや?」みたいなことを言って
兄が「そうだね」みたいな返事をしていたのを聞いて
ちょっと嬉しかったのを覚えている。
私が小4の時、祖父が亡くなり、立て続けに祖母の姉妹が亡くなり、
襖の向こうで「は〜、生きてたくね〜よ〜」と泣いていた祖母は
その後26年長生きした。
私の花嫁姿を見るまでは死ねないと言っていたのに、
見る前に、あっという間にあの世へ逝ってしまった。
色々なことが思い出され、
子供のころは楽しかったな〜、
ばあちゃんには最後まで可愛がってもらったな〜と
お盆らしい日を過ごした。
毎年集まる弓道部の友人は、
それぞれに頑張っていた。
もう20年の付き合いになるけど
皆変わってなくて、楽しい夜だった。
職場内異動で、苦労していた友人も苦難を乗り越え、
東京で何十年も頑張っている。
そういえば、昔、彼女の自宅に電話したとき、冗談で
「竜崎ですけど〜、○○さんいるかしら?」
とお蝶夫人きどりで名乗ったら、
声の良く似たお姉さんだった時は恥ずかしかったな〜〜。
いつもブログ読んでくれてありがとうね!
30過ぎてから教壇に立った3児の母も声を嗄らして
良く頑張っているな〜と関心を越え尊敬。
その彼女が、新しく開通した高速道路を、
「快適だよ〜!ETCなら安いし!君津まで行ってみな!」
と勧めるので、一つインターを延ばし帰ってきたのだが・・
ETCの割引もなけりゃ〜、
大して距離も時間も変わらないような・・・
びみょ〜な感じだった。
どうやら○美にはめられたな・・・
(今年も働くけど)
今年は新盆だし、1日ぐらい家で過ごそうと思い帰省。
といっても、昼頃帰り、昼寝してお墓参りをして、
夜には高校時代の友人と食事して帰ってきただけ。
その待ち合わせの19時。
館山の海は鏡ヶ浦といって、あまり波の立たない静かな海。
風の強い空気の澄んだ冬には、よく富士山が見える。
今日も富士山が見えていた。

お墓参りの前には虫除けアロマをスプレー!
父に「ずいぶんクセえな・・」と言われながらも、
ホントに蚊が寄ってこないんだからすごい。
昔読んだ黒木瞳の本に、”嫁に行った自分はこのお墓には入れないんだなと思ったら声を上げて泣いてしまった”
みたいなことが書いてあった。
今日はしんみりと、そのことを思い出しながら
マジマジと墓石を眺めた。
「○○家之墓」
(嫁に行く予定もないくせに・・)
幼い頃の記憶では、私は母よりも祖母に色々な所に連れて行ってもらったように思う。ばあさん連中に混じって近場の温泉にバスで行ったり、(ばあさんしかいなかったので、バスを乗り間違えた)
市内までバスで行って、ドラえもんの漫画を買ってもらったり、
寝てる間にゲジ眉を剃られたりetc・・・
(この時のことは共犯の兄は覚えているだろう。
寝ている自分もなんだか薄っすら意識があって、
”いいからやっちゃえ”みたいな会話が繰り広げられ、カミソリで
剃られていた。起きたら眉毛が細くなっていたので夢ではない!)
私の記憶が確かならば、あの頃はよく兄にいじめられていて、
ばあちゃんが「ほら、かわいっぺや?」みたいなことを言って
兄が「そうだね」みたいな返事をしていたのを聞いて
ちょっと嬉しかったのを覚えている。
私が小4の時、祖父が亡くなり、立て続けに祖母の姉妹が亡くなり、
襖の向こうで「は〜、生きてたくね〜よ〜」と泣いていた祖母は
その後26年長生きした。
私の花嫁姿を見るまでは死ねないと言っていたのに、
見る前に、あっという間にあの世へ逝ってしまった。
色々なことが思い出され、
子供のころは楽しかったな〜、
ばあちゃんには最後まで可愛がってもらったな〜と
お盆らしい日を過ごした。
毎年集まる弓道部の友人は、
それぞれに頑張っていた。
もう20年の付き合いになるけど
皆変わってなくて、楽しい夜だった。
職場内異動で、苦労していた友人も苦難を乗り越え、
東京で何十年も頑張っている。
そういえば、昔、彼女の自宅に電話したとき、冗談で
「竜崎ですけど〜、○○さんいるかしら?」
とお蝶夫人きどりで名乗ったら、
声の良く似たお姉さんだった時は恥ずかしかったな〜〜。
いつもブログ読んでくれてありがとうね!
30過ぎてから教壇に立った3児の母も声を嗄らして
良く頑張っているな〜と関心を越え尊敬。
その彼女が、新しく開通した高速道路を、
「快適だよ〜!ETCなら安いし!君津まで行ってみな!」
と勧めるので、一つインターを延ばし帰ってきたのだが・・
ETCの割引もなけりゃ〜、
大して距離も時間も変わらないような・・・
びみょ〜な感じだった。
どうやら○美にはめられたな・・・
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